宗谷船内(上甲板)

各デッキごとの施設紹介が見れる「宗谷」船内の案内図です。
マップ上の番号をクリックしてください。各施設の詳細を見ることができます。

【 宗谷船内図 】


  • 端艇甲板
  • 最上甲板
  • 上甲板

    ⑰科員居住区(”宗谷”乗組員)

    船の乗組員のうち、一般船員のことを科員と呼びました。
     
    【第10科員室(観測隊員室)】
    南極観測当時は、観測隊員用の居室として使用された部屋です。観測隊員は最初53名と最多でしたが、50名、37名と減少し、最後の第6次観測に際しては、わずか18名となりました。
     
    【第11科員室(観測隊員室)】
    第1、2次南極観測当時、観測隊員の居室として使用された部屋です。観測隊員の減少にともない、一般船員の居室となりました。

    ⑱科員居住区(”宗谷”乗組員)

    船の乗組員のうち、一般船員のことを科員と呼びました。
     
    【第3科員室】
    科員用の居室で、2段ベッドが2つあり4人部屋となっています。
     
    【第8科員室】
    南極観測当時航海中はローリング(横揺れ)が激しく、特に横ベット(船の前後方向に対し横向きに置かれている)では夜も眠れない程でした。

    ⑲治療室(中央部)

    南極までの航海において、船内の病院として機能したのが治療室です。南極観測当時、虫垂炎程度の手術であれば、ここで行われました。

    ⑳准士官室

    【第4准士官室(観測隊員室)】
    第1次南極観測当時、観測隊員の居室として使用された部屋です。観測隊員用の制服や防寒衣類など装備品は総て支給されました。
     
    【第五准士官寝室】
    南極観測当時、観測隊員用の居室として使用された部屋です。2段ベッドが置かれ、2人部屋になっていました。

    ㉑観測隊員食堂

    【科員食堂(観測隊員食堂) 】
    南極観測当時、観測隊員用の食堂として用いられた部屋です。食事の他、娯楽室としても使われました。

    ㉒調理室/流し台

    南極観測当時、130名分の食事を用意することは大変な作業でした。室内には蒸気がま、電気式パン焼器等の各種調理器具が配置され、豆腐製造機までありました。
    調理室に続いて食器や野菜を洗う流し場があります。調理関係の仕事は主計科の担当で、主計長以下12名程の乗組員が従事しました。

    ㉓士官居住区(”宗谷”乗組員)

    士官用の居室です。
     
    【第9士官寝室(観測隊長室)】
    第1次南極観測当時、観測隊の最高責任者である観測隊長の居室でした。現在の2倍の広さがあり、数名による会議や打合せも行えるようになっていました。
     
    【第11士官寝室】
    1段ベッドが2つあり。2人部屋となっています。ベッドの寸法はたて180センチ、よこ65センチです。
     
    【第12士官寝室】
    南極観測当時、インド洋を南下する頃は暑さに苦しめられました。特にこの部屋を始めとする左舷側は太陽の光を終日浴びて猛烈な暑さでした。
     
    【第13士官寝室】
    航海中の暑さをしのぐには、扇風機の他に船独特のエアスクープという風受けがあり、これを舷窓に差し込んで外気を室内に引き入れました。

    ㉔主機(メインエンジン)

    砕氷して進む、南極観測船には強力な主機が必要です。2サイクル8気筒のディーゼル・エンジンが2基並列に置かれ、合計で4800馬力、48トンの推力を出しました。