Q&A(海の基礎編)

海や船や、宗谷についてなど
よくいただく質問についてお答えいたします。
海の基礎編

海はどのように
誕生したのでしょう?

地球が、マグマの塊のようであった頃に、多くの火山性ガスや水蒸気を放出しており、これが地球 の周りを覆っていました。 その後、温度の低下により大量の水(雨)となって低い所に溜まったのが海のできた始まりです。 海の面積:3億6,000万km2

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海と陸の面積の割合は?

地球の表面を海と陸に分けると、海が70.6%(陸の2.4倍)を占めています。
(海:3億6千万km2、陸:1億5千万km2)

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海水はなぜ塩辛いの?

45億年前に海(始原大洋)ができた頃の海水は酸っぱいものでした。それは、地球の内部から吹き出た塩素ガスは水に溶けやすく、雨と一緒になって海に溶け込み塩酸となり、強い酸性の水となったからです。
海水はなぜ塩辛いのか?。始原大洋は酸性(塩酸)の海でしたが、長い間に海中の岩石の中の鉄やカルシウムなどを溶かし込み、だんだんと海の水は、酸性から中性に変わって塩辛くなったのです。海水には、塩素イオンやナトリウムイオンが多く含まれていて、これが塩辛さの原因です。
現在、地球上の水分の97.5%が海水で、残り2.5%が淡水となっています。

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海はなぜ青いの?

海の色は、海水中の浮遊物質やプランクトン等によって決まります。
太陽光線のうち赤色光線は波長が長いので水中で吸収され、青色光線のみが浮遊物質等に反射 されて空中に戻るので(海水による光の吸収と散乱)、海は青く見えるのです。
また、外洋から沿岸に近づくと海の色が青から緑に変化しますが、これは植物性プランクトンと溶存有機物質が沿岸に多いための現象です。

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「七つの海」ってどこ?

世界の海を表現する言葉で「七つの海」ということがあります。
この海を代表する七つの海とは、
1. 北太平洋、2. 南太平洋、3. 北大西洋、4. 南大西洋、5. インド洋、
6. 北氷洋、7. 南氷洋、のことです。

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世界で一番高い山と深い海溝は?

陸(山)で一番高いのは、エベレスト山(8,848m)ですが、海で一番深いのは、マリアナ海溝(10,920m)です。
日本海溝(三陸沖の太平洋)でも約1万mあります。

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水平線て何?

広い海には見える範囲(限界)があります。
これは、地球が丸いためにできるもので、これを水平線(陸地では地平線)と呼んでいます。
この見える範囲(水平線)は、約12km(約6.5海里)で、大型船(長さ50m以上)のマスト灯の光度(光達距離)が、6海里とされている理由にもなっています。
視界の良い時は20kmでも30kmでも見えることがありますから、船の見張りでも帆柱など高い所へ登る(眼高を上げる)と、より遠くが見えるわけです。

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海の水の量はどのくらい?

地球上にある水の量は、すべてをあわせると14億km3にもなります。そしてその97%あまりが海水で、およそ13億5,000万km3になります。ですから地球上の水のほとんどが海水といってよいでしょう。海を面積でみるとおよそ3億6,000万km2になり、地球表面の70%です。海の水の量や成分は、20億年ほど前からほと ど変わりがありません。
 海水のうち塩分は3.5%あります。そのため海の水はしょっぱく感じられます。3.5%というと少なく感じるかもしれませんが、もし、海の水をすべて蒸発させて塩を取りだし、その塩で地球全体をおおったとします。すると88mもの厚さの層で地球がおおわれてしまうのです。それほどたくさんの塩が海水にはとけています。これだけでも13億5,000万km3という海水が、どれほどの量なのか想像がつきます。参考資料:海と船なるほど豆辞典

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海から生まれた生命

大気中の水蒸気が大雨となって地上にふりそそぎ、原始の海が生まれました。海底からは高い温度の熱水がふきだしています。これに大気中から海水にとけこんだアンモニアガスやメタンが熱水に刺激されて化学反応をおこしはじめます。そしてアミノ酸や核酸などに変化し、さらにより複雑なたんぱく質や遺伝子などへと発達していきました。これらの物質が材料となって、小さくて簡単なしくみの菌のような生物が生まれたのです。地球が誕生して10億年、海が誕生して7億年ぐらいたったころでした。
 やがて海に海藻類が生まれます。この海藻類は光合成をおこなって、酸素を大気中に放ちます。この酸素が紫外線と反応してオゾン層がつくられました。オゾン層ができると地上にふりそそぐ紫外線が弱まり、陸上でも生命が生きていけるようになります。こうして4億2,000万年前、植物が海から陸へあがり、生息しはじめました。その後さらに酸素や紫外線の条件がととのってくると、昆虫やひれをもつ魚類などが陸上に住みはじめ、進化をしつづけるのです。
 ところで、わたしたちの身体を構成するおもな元素の組成は、海水の組成とたいへんよく似ています。ことに羊水は、海水とほとんど同じです。このことは、生命が海で生まれたと考える重要な裏付けとされています。参考資料:海と船なるほど豆辞典

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海の生態系

陸上、水中にかかわらず、生物はほかの生物を食べたり、食べられたりする関係でつながっています。このつながりを食物連鎖といいます。海の中では植物プランクトンや海藻、それを食べる動物プランクトン、動物プランクトンを食べる小魚、といったように生態系は食物連鎖でつながっています。また、これらの生物の死がいやふんを分解するバクテリアもいて、バクテリアによって分解された死がいやふんは栄養塩となり、植物プランクトンによって取りこまれています。
 生物は自分が生きていくために、体重のおよそ10倍のえさを食べなければならないといわれています。食物連鎖を考えると、たとえば体重100kgのマグロが生きていくためには1tのイワシが、1tのイワシが生きていくためには10tの動物プランクトンが、10tの動物プランクトンが生きていくためには100tの植物プランクトンが必要です。バランスのとれた生態系では、食べられるものの数が食べるものの数よりいつも10倍ほど多いはずで、きれいなピラミッドの形になります。もしどこかが異常に増えたり減ったりすると、このピラミッドの形がくずれてひずみが生じ、海だけでなく、地球全体の生態系のバランスがくずれてしまいます。参考資料:海と船なるほど豆辞典

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海に住む生物の種類

海には魚のほかに、クラゲやイソギンチャクなどの刺胞動物、エビやカニなどの節足動物、タコやイカなどの軟体動物、クジラやアザラシなどの哺乳類といった生物が住んでいます。
 ところで海岸から深さ200mぐらいまでの海を「大陸棚(たいりくだな)」といいます。この「大陸棚」はすべての海の面積の7.6%ですが、生物がたくさんいることで知られています。
また、200mより深い「深海」でも、大型の生物だけでもすでに数万種類以上いることが知られています。
 しかし、これらはほんの一部にすぎません。広い海の中にいったいどれぐらいの生物が住んでいるのかは、まだ、よくわかっていません。現在の予想では、おそらく1,000万種類以上の生物がいるとされています。ちなみに、陸上に住む生物はおよそ100万種類で、その85%が昆虫といわれています。地球上にいるすべての生物を重さであらわしたとき、その90%は海の生物といわれています。海は種類、量ともに生命の宝庫なのです。参考資料:海と船なるほど豆辞典

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海の基礎編

  • Q. 海はどのように誕生したのでしょう?
  • A. 地球が、マグマの塊のようであった頃に、多くの火山性ガスや水蒸気を放出しており、これが地球 の周りを覆っていました。 その後、温度の低下により大量の水(雨)となって低い所に溜まったのが海のできた始まりです。 海の面積:3億6,000万km2
  • Q. 海と陸の面積の割合は?
  • A. 地球の表面を海と陸に分けると、海が70.6%(陸の2.4倍)を占めています。(海:3億6千万km2、陸:1億5千万km2)
  • Q. 海水はなぜ塩辛いの?
  • A. 45億年前に海(始原大洋)ができた頃の海水は酸っぱいものでした。それは、地球の内部から吹き出た塩素ガスは水に溶けやすく、雨と一緒になって海に溶け込み塩酸となり、強い酸性の水となったからです。海水はなぜ塩辛いのか?。始原大洋は酸性(塩酸)の海でしたが、長い間に海中の岩石の中の鉄やカルシウムなどを溶かし込み、だんだんと海の水は、酸性から中性に変わって塩辛くなったのです。海水には、塩素イオンやナトリウムイオンが多く含まれていて、これが塩辛さの原因です。現在、地球上の水分の97.5%が海水で、残り2.5%が淡水となっています。
  • Q. 海はなぜ青いの?
  • A. 海の色は、海水中の浮遊物質やプランクトン等によって決まります。太陽光線のうち赤色光線は波長が長いので水中で吸収され、青色光線のみが浮遊物質等に反射 されて空中に戻るので(海水による光の吸収と散乱)、海は青く見えるのです。また、外洋から沿岸に近づくと海の色が青から緑に変化しますが、これは植物性プランクトンと溶存有機物質が沿岸に多いための現象です。
  • Q. 「七つの海」ってどこ?
  • A. 世界の海を表現する言葉で「七つの海」ということがあります。この海を代表する七つの海とは、1. 北太平洋、2. 南太平洋、3. 北大西洋、4. 南大西洋、5. インド洋、6. 北氷洋、7. 南氷洋、のことです。
  • Q. 世界で一番高い山と深い海溝は?
  • A. 陸(山)で一番高いのは、エベレスト山(8,848m)ですが、海で一番深いのは、マリアナ海溝(10,920m)です。日本海溝(三陸沖の太平洋)でも約1万mあります。
  • Q. 水平線て何?
  • A. 広い海には見える範囲(限界)があります。これは、地球が丸いためにできるもので、これを水平線(陸地では地平線)と呼んでいます。この見える範囲(水平線)は、約12km(約6.5海里)で、大型船(長さ50m以上)のマスト灯の光度(光達距離)が、6海里とされている理由にもなっています。視界の良い時は20kmでも30kmでも見えることがありますから、船の見張りでも帆柱など高い所へ登る(眼高を上げる)と、より遠くが見えるわけです。
  • Q. 海の水の量はどのくらい?
  • A. 地球上にある水の量は、すべてをあわせると14億km3にもなります。そしてその97%あまりが海水で、およそ13億5,000万km3になります。ですから地球上の水のほとんどが海水といってよいでしょう。海を面積でみるとおよそ3億6,000万km2になり、地球表面の70%です。海の水の量や成分は、20億年ほど前からほと ど変わりがありません。海水のうち塩分は3.5%あります。そのため海の水はしょっぱく感じられます。3.5%というと少なく感じるかもしれませんが、もし、海の水をすべて蒸発させて塩を取りだし、その塩で地球全体をおおったとします。すると88mもの厚さの層で地球がおおわれてしまうのです。それほどたくさんの塩が海水にはとけています。これだけでも13億5,000万km3という海水が、どれほどの量なのか想像がつきます。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 海から生まれた生命
  • A. 大気中の水蒸気が大雨となって地上にふりそそぎ、原始の海が生まれました。海底からは高い温度の熱水がふきだしています。これに大気中から海水にとけこんだアンモニアガスやメタンが熱水に刺激されて化学反応をおこしはじめます。そしてアミノ酸や核酸などに変化し、さらにより複雑なたんぱく質や遺伝子などへと発達していきました。これらの物質が材料となって、小さくて簡単なしくみの菌のような生物が生まれたのです。地球が誕生して10億年、海が誕生して7億年ぐらいたったころでした。やがて海に海藻類が生まれます。この海藻類は光合成をおこなって、酸素を大気中に放ちます。この酸素が紫外線と反応してオゾン層がつくられました。オゾン層ができると地上にふりそそぐ紫外線が弱まり、陸上でも生命が生きていけるようになります。こうして4億2,000万年前、植物が海から陸へあがり、生息しはじめました。その後さらに酸素や紫外線の条件がととのってくると、昆虫やひれをもつ魚類などが陸上に住みはじめ、進化をしつづけるのです。ところで、わたしたちの身体を構成するおもな元素の組成は、海水の組成とたいへんよく似ています。ことに羊水は、海水とほとんど同じです。このことは、生命が海で生まれたと考える重要な裏付けとされています。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 海の生態系
  • A. 陸上、水中にかかわらず、生物はほかの生物を食べたり、食べられたりする関係でつながっています。このつながりを食物連鎖といいます。海の中では植物プランクトンや海藻、それを食べる動物プランクトン、動物プランクトンを食べる小魚、といったように生態系は食物連鎖でつながっています。また、これらの生物の死がいやふんを分解するバクテリアもいて、バクテリアによって分解された死がいやふんは栄養塩となり、植物プランクトンによって取りこまれています。生物は自分が生きていくために、体重のおよそ10倍のえさを食べなければならないといわれています。食物連鎖を考えると、たとえば体重100kgのマグロが生きていくためには1tのイワシが、1tのイワシが生きていくためには10tの動物プランクトンが、10tの動物プランクトンが生きていくためには100tの植物プランクトンが必要です。バランスのとれた生態系では、食べられるものの数が食べるものの数よりいつも10倍ほど多いはずで、きれいなピラミッドの形になります。もしどこかが異常に増えたり減ったりすると、このピラミッドの形がくずれてひずみが生じ、海だけでなく、地球全体の生態系のバランスがくずれてしまいます。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 海に住む生物の種類
  • A. 海には魚のほかに、クラゲやイソギンチャクなどの刺胞動物、エビやカニなどの節足動物、タコやイカなどの軟体動物、クジラやアザラシなどの哺乳類といった生物が住んでいます。ところで海岸から深さ200mぐらいまでの海を「大陸棚(たいりくだな)」といいます。この「大陸棚」はすべての海の面積の7.6%ですが、生物がたくさんいることで知られています。また、200mより深い「深海」でも、大型の生物だけでもすでに数万種類以上いることが知られています。しかし、これらはほんの一部にすぎません。広い海の中にいったいどれぐらいの生物が住んでいるのかは、まだ、よくわかっていません。現在の予想では、おそらく1,000万種類以上の生物がいるとされています。ちなみに、陸上に住む生物はおよそ100万種類で、その85%が昆虫といわれています。地球上にいるすべての生物を重さであらわしたとき、その90%は海の生物といわれています。海は種類、量ともに生命の宝庫なのです。参考資料:海と船なるほど豆辞典

船舶編

  • Q. 船のはじまり
  • A. 船の歴史は地球上に人類が誕生したときからはじまりました。水辺に住む人が川を渡らなくてはならなくなったとき、はじめは泳いだのでしょうが、荷物があれば泳ぐのはむずかしくなります。そんなとき、たまたま浮いていた木の枝を利用して荷物を運んだりしたことは、じゅうぶんに想像できます。やがて、木の枝をたばねてよりたくさん荷物をのせたり、人がまたがったりするようになり、これが船のおこりといわれています。やがてさまざまな工夫や改良が加えられるようになり、船の進化がはじまります。丸太を組みあわせたいかだや、丸太をくりぬいた丸木舟が登場します。船を造るには材料が簡単に手に入らなければなりませんから、丸太がないところでは、たとえば竹やアシがつかわれました。動物の皮をぬいあわせて中に空気を入れて浮き袋とし、それをならべていかだにした例もあります。けれども、これらの方法では大きな船を造れませんし、波にたいして弱く、岸辺をゆっくり行き来するのがやっとだったと考えられます。より遠くへ安全に航海することができるようになったのは、組立船と呼ぶ船が造られるようになってからです。組立船は船の骨組みをじょうぶに造り、それに板などをはりつけて造られました。紀元前4000年ぐらいと推定されている出土品に、組立船らしき船が描かれています。この組立船は現在の船の原形になるもので、その後さまざまな改良が加えられ、それぞれの地域に適した形に発展していきました。船の動力もかいから帆へ変わり、19世紀に入ると蒸気機関がつかわれだしました。船の材料も木から鉄、鋼鉄と変わり、今日にいたっています。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 船の三つの要件
  • A. (1) 浮かぶ(浮揚性)/水に浮かぶ アルキメデスの原理(紀元前3世紀ごろギリシャの学者が発見)。 水の中では、物の体積と同じ量の水の重さだけ軽くなります(浮力)。 水の中の物の重さが、その物と同じ体積の水の量の重さより軽い場合は、重さ(重力)より浮力の方が勝って「浮く」ことになります。(2) 乗せる(積載性)/人や物を乗せる ただ浮かぶだけでは船とは言えません。流木と同じです。より安全に多くの人や物を乗せる有益性、経済性を工夫した構造が必要です。(3) 動く(移動性)/人や物を運ぶ 船は、櫓櫂やスクリューを使って動きます。 これには力(エンジン)が必要ですが、櫓櫂やスクリューにより水を後ろへ押し出して、その反動で船が前へ進むことになります。
  • Q. 船名に「丸」のつく由来は?
  • A. 日本の船名に「丸」のつくものが多くあります。「丸」のつく船名の起源は古く、記録としては、1187年仁和寺の古文書に現れた「坂東丸」が最初といわれています。「丸」の語源やいわれについては諸説ありますが、代表的なものとして「麿・まろ」の転化から「愛称説」があります。これはもともと自分のことを「麿」と言っていたのが敬愛の意味で人につけられ、更に犬や刀など広く愛するものに転用されました。その「麿」がやがて「丸」に転じて船にもつけられるようになったという説です。他に、古来船に嘉名をつけ位階を与えたという由来から「人格説」、本丸、一の丸といった城の構造物の呼称を船に見立てた「城郭説」などがありますが、いずれも定説と言えるものではありません。また、語源にはなりませんが、明治33年に制定された船舶法取扱手続に、「船舶ノ名称ニハ成ルベク其ノ末尾ニ丸ノ字ヲ附セシムベシ」という項があり、これが明治以降の日本船名の末尾に「丸」がつくようになった大きな理由とも考えられます(平成13年の訓令改正で同条項は削除・廃止)。外国では日本船のことを「マル・シップ」と呼ぶことがありますが、最近では片仮名や平仮名の「丸」の付かない船名も多くなっており、船名から丸の字が消えてゆくのも時代の流れかもしれません。また、船名については「国字」を用いること以外は、特に基準や規定はなく、同名の船も登録されています
  • Q. 船はどうして転覆しないの?
  • A. 航海している船には強い風やうねり、三角波がおそってきます。でも、どうして船は転覆しないのでしょう。それは、船に復元力という、船がかたむいたとき、もとにもどろうとする力がはたらくためです。水に浮かんでいるものには、いつも重力と浮力の2つの力がはたらいています。このうち重力は船の重量の大きさで、鉛直下向き方向に作用し、重心は船体内の決まった位置で、よほどのことがないかぎり移動しません。浮力は船の排除した水の重量と同じで、鉛直上向き方向に作用し、浮心は水面下の船体の体積の中心で、船のかたむきぐあいによって、つねに動きます。船はこの2つの作用を利用して、かたむいたときに浮心が動いてかたむきをもどそうとする復元力がつねに生じるように、重心の位置と船底の形状をじゅうぶんに考えて造られているのです。ですから大きな波がきても、よほどのことがないかぎり、転覆することはありません。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 暮らしをになう船
  • A. わたしたちの暮らしの基本となる「衣」「食」「住」の多くを日本は輸入に頼っています。また、日本でつくられた製品などは海外へ輸出されています。そしてこれらの原材料となるさまざまな物資や製品は、99.7%が船によって運ばれています。たとえば家畜の飼料になるトウモロコシや服などの原料となる綿花、羊毛は100%輸入ですし、家を建てるのに欠かせない木材はおよそ70%が輸入です。そのほかさまざまな原料、食料や製品が輸入され、それによってわたしたちは豊かに暮らすことができ、日本の経済や産業が成り立っているのです。この海外との輸送に活躍するのが外航海運です。原油タンカーやコンテナ船、木材専用船など、さまざまな船が世界から日本へ、日本から世界へ原材料や製品を運んでいます。世界中の輸出と輸入の貨物を船がどのくらい運んでいるのかを見ると、2012年にはおよそ95億tありました。このうち日本の貨物は9億6,000万tあり、全体の10.1%をしめています。輸入で多いのは原油、石炭、鉄鉱石、木材・チップ、飼料用トウモロコシなどで、輸出で多いのは鉄鋼、機械類、セメントです。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 船長や機関長になるには
  • A. 船長や航海士、機関長や機関士などになるには、専門の学校を卒業して、試験に合格することが必要です。外国航路の船の船長、機関長になるには商船大学、または商船高等専門学校へ進みます。商船大学は東京と神戸にあり、帆船日本丸、海王丸での航海実習もふくめて4年半学びます。商船高等専門学校は全国に5校あり、中学校を卒業後、やはり航海実習をふくめて5年半学びます。これらの大学、学校を卒業して試験を受け、合格すれば三級海技士の資格をとることができます。そして船会社に入ればいよいよ航海士、機関士としてスタートです。その後、決められた日数以上船に乗り、二級海技士、一級海技士の試験に合格していくと、外国航路の船長や機関長として船を動かすことができるのです。国内航路の船に乗るなら独立行政法人海員学校へ入学する方法があります。海員学校には、中学校を卒業後、帆船実習を含め3年間学ぶ海上技術学校が全国に6校と、高等学校を卒業後、同じく帆船実習を含め2年間学ぶ海上技術短期大学校が2校あります。これらを卒業して試験に合格すると、4級海技士の資格をとることができます。その後さらに試験に合格すれば、船長や機関長として船を動かすことができるようになります。参考資料:海と船なるほど豆辞典

海のきまり・環境編

  • Q. 海に接している国の数は?
  • A. 2002年10月現在、世界には191の国々があります(国連加盟国)。この191カ国の中で、海に接している国は149カ国あります。また、海に囲まれた国を海洋国と呼んでいますが、日本、イギリス、ニュージーランド、アイスランド、などがあげられます。その他、カリブ海、中部太平洋、インド洋などには、フィリピンやインドネシアなどの海洋国があります。一方で、内陸国と呼ばれものがあります。これは大陸の中の方にある海のない国です。スイス・ニジェール・チャド・モンゴル・パラグアイなどといった国があります。
  • Q. 日本の島の数はどのくらい?
  • A. 島とはまわりを水にかこまれた陸地のことです。日本列島にはたくさんの島があります。ふだんは「島」をつけて呼びませんが、北海道、本州、四国、九州も大きな島です。世界的には大陸であるオーストラリアより小さいものを島と呼んでいます。世界最大の島は北極に近いグリーンランドです。日本列島には海岸線の長さが100m以上の島が、現在6,852もあります。いちばん多くあるのは本州で3,194(本州を含む)、2番目は九州で2,160(九州を含む)です。少ないのは沖縄ですが、それでも363あります。都道府県別では、いちばん多いのは長崎県で971、2番目は鹿児島県で605、3番目は北海道で508となっています。逆に大阪府は海に面しているのに島がひとつもありません。これらの島のうち、沖縄本島や千島列島をのぞいてもっとも大きいのは新潟県の佐渡島です。面積は855平方キロメートルあります。2番目は鹿児島県の奄美大島て720平方キロメートル、3番目は長崎県の対馬島で709平方キロメートルです。また、住んでいる人がいちばん多いのは兵庫県の淡路島でおよそ14万7,000人、2番目は熊本県の天草下島で8万9,000人、3番目は新潟県の佐渡島で6万7,000人です。人が住んでいる島は現在400ほどで、そのほかは無人島です。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 日本の海はだれが守っているの?
  • A. 海の上の警察機関は、海上保安庁です。麻薬やピストルなどの密輸入、密航者の取締や、船の衝突や乗り上げ、火災などの事故が起きたとき時の救助活動を行っています。海上保安庁ではこのほかにも船の安全航行のために海の調査をしたり、海の地図(海図)をつくるなどをしています。また、海で船がまよわないように、灯台や灯浮標などの航路標識をつくり、点検や監視活動を行っています
  • Q. 海に流れた油はどうするの?
  • A. 海に流れた油の回収は、多くの場合、オイルフェンスなどをはって、それ以上広がらないようにし、また、オイルフェンスで油を集め、油層を厚くしてから油回収船、スキマー(油監修装置)、ガット船(土砂などをすくいあげる作業船)、協力吸引車などの特殊車両を用いて行う機械的回収や、油吸着剤を用いて行います。また、海岸近くに流れた油は各種ポンプ、手作業で回収を行うこもあります。1997年におきたナホトカ号油流出事故の時には約28万人の人たちがボランティアで油の回収を行いました。
  • Q. 公海と領海
  • A. 海には「公海」と「領海」という考えかたがあります。公海というのはどの国にも属さない、だれもが自由に行き来したり、魚をとったりできる海のことです。領海というのはその海の近くの国の陸地のつづき、つまりその国の領土と同じという考えかたです。公海と領海は国際的な法律で決められたわけではありませんでしたが、国どうしが守る考えとして、17世紀のおわりごろに世界に広まりました。領海は海岸から3海里とされ、領海の中を行き来したり、魚をとったりするのにはその国の許可がいります。1海里は1,852mですから、3海里は5,556mになります。ところが1945年に、アメリカの近くで発見された海底油田をアメリカが所有するために、領海を12海里に広げると宣言しました。これをきっかけに領海を広げる動きが世界中の国でおきましたが、ばらばらにおこなったため問題がおきてしまいました。そこで各国が集まって会議のうえ、1982年に「国連海洋法条約」がつくられ、領海は12海里以内とすることが決められました。この条約では、あわせて「排他的経済水域」も決められました。これは陸地から200海里までの海は、その国が魚や海底資源をとったり管理する権利をもつというものです。公海と領海の中間の海という考えかたになります。つまり200海里の中を行き来するのは自由ですが、魚や海底資源をとるにはその国の許可が必要な海ということです。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 日本の海岸線距離
  • A. 日本はまわりをぐるっと海にかこまれた島国です。そして半島、岬、島などがあって、海岸線が入りくんだ地形ですから、陸地の面積にくらべて、長い海岸線をもっています。では、どのくらいの長さかというと、3万3,889kmもあります。これは地球一周の長さの85%近くにもなる長さです。海岸線を47都道府県別でみると、39の都道府県が海に面していて、海岸線をもっています。いちばん長いのは北海道の4,377km、2番目は島が多い長崎県の4,137km、3番目は鹿児島県の2,722kmです。1,000km以上のところは三重県、広島県、山口県、愛媛県、熊本県、沖縄県の6県です。逆に短いところは山形県の110km、富山県の117km、鳥取県の144kmとなります。ところで、海岸線の長さはいつも同じではありません。いろいろな原因によって変化します。たとえば、港や空港の工事による埋め立てなどや、川から流れてくる土砂が河口付近の地形を変えてしまえば、海岸線の長さも変わります。また、大きな地震がおきると、地盤がもち上がったり、下がったりして地形が変わり、海岸線を変えてしまいます。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 地球の水の循環
  • A. 地球上の水は、固体(氷)、液体(水)、気体(水蒸気)の3つに姿を変えながら、空と陸、海とのあいだを行ったり来たりしています。1年間の地球の水の動きを見てみましょう。雨や雪は陸地に111兆t、海に385兆tふり、あわせて496兆tの水が、新しく加わります。では蒸発する水の量はどのくらいでしょう。陸上の地面や植物から71兆t、海から425兆tで、あわせて496兆tの水が空へ帰っていきます。ちょうどプラスマイナス・ゼロなのです。入ってきた水の分だけ出ていくので、地球全体にある水の量は変わらないのです。ところで海だけの水の量を見ると、入ってくる量より蒸発する量が40兆t多くなっています。また、陸だけの水の量では入ってくる量より蒸発する量が40兆t少なくなっています。これは陸上にふった雨や雪が川に流れたりして、海に流れこむためです。ですから、海に加わる水の量は385兆tに40兆tを加えた425兆tになります。海の水がどんどん減っていくわけではありません。海の水も一定にたもたれているのです。もし陸から海に水がそそがれることなく、海水が蒸発しつづけるとどうなるでしょう。海は1年間に1mずつ浅くなり、3,200年ほどで干上がってしまいます。地球上の水は、みごとなバランスで循環しているのです。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 地球温暖化ってなに?
  • A. おもに大気中の二酸化炭素が増えることによって気温が上がり、気候が変化してしまうのが地球温暖化です。大気中の二酸化炭素がなぜ増えるのかは、たとえば化石燃料の大量消費による二酸化炭素ガスの排出や、開発のため二酸化炭素を吸収してくれる熱帯地方の森林を切りたおしてしまうことで、大気中の二酸化炭素の放出と吸収のバランスがくずれることによっておこります。気候の変化は生物に影響をあたえ、生態系をこわしてしまいます。もちろん海も環境の影響を受けますから、水温が上がると、まず冷たい海に住む生物が生きていけなくなります。そこから生態系のバランスがくずれていき、海全体へ広がっていきます。地球上には南極大陸とグリーンランドに大陸氷河がありますが、もしこのまま地球温暖化が進むと、これらの氷河がとけて海面が上昇してしまいます。21世紀のおわりには気温が2℃上がり、海面が50cmくらいも高くなると予想されています。また、この氷河がすべてとけてしまうと、海面が70mも上がってしまうと考えられています。そうなると海岸近くにある世界中のおもな大都市は、すべて海底に沈んでしまいます。参考資料:海と船なるほど豆辞典
  • Q. 海洋汚染はどうしておきるの?
  • A. 海洋汚染とは海の生物や人間の健康に有害なものが、人間によって直接海へもちこまれたり、下水などから海へ流れこむことです。汚染にはゴミや産業廃棄物が捨てられたり、船の事故などで石油が流れだすといった一時的なものと、工場や家庭からの排水、河川や大気から農薬などの化学物質が流れこむといった慢性的なものとがあります。慢性的な汚染はわたしたちの気づかない海面下で進み、大きな問題になっています。わたしたち人間が出す生活排水にはたくさんの有機物がふくまれていて、多くは下水処理場で取りのぞかれますが、海に流れだした有機物は海水を富栄養化し、植物プランクトンの大発生、赤潮をまねきます。赤潮は魚のえらにつまったり、海水中の酸素を減らしたりして生物を死なせてしまいます。海にそそぐ有害な化学物質は、食物連鎖をとおして濃縮されながら、生物の体内に蓄積されていきます。ですから生態系のピラミッドのいちばん上にいるものほど、つまり人間ほど、高濃度の有害物質を取りこむことになるのです。いま、海中のバクテリアが汚染物質を分解しても追いつかないほど、地球の海は汚れてきています。参考資料:海と船なるほど豆辞典

宗谷について

  • Q. いつ建造されたの?
  • A. 昭和11年(1936)、ソビエト連邦(元:ロシア連邦)向けの耐水型(氷の海でも航海できる)貨物船として建造を始め、昭和13年(1938)2月”ボロチャエベツ”と名付けられ進水しましたが、さまざまな事情により”地領丸(ちりょうまる)”という名前で同年6月に竣工しました。”宗谷”の名が付けられるのは、昭和15年(1940)2月、日本海軍に所属する「特務艦」となってからです。参考資料:冊子「宗谷」
  • Q. どんなことに使われたの?
  • A. 最初は、北の海で使われる「耐氷型貨物船」として竣工しましたが、その後、日本海軍に所属し測量を行う「特務艦」となり、太平洋戦争後は「引揚げ船」、「灯台補給船」となりました。その後、大改造され「南極観測船」として活躍した後、最後は「巡視船」として働きました。参考資料:冊子「宗谷」
  • Q. どうして”宗谷”という名前がついたの?
  • A. 日本海軍に所属する艦艇には命名の基準があって、「特務艦」の名前には海峡名を用いることが習わしとなっていました。そこで、耐氷構造であることから北海道最北端の宗谷岬の宗谷海峡にちなんで、”宗谷”と命名されることになったのです。参考資料:冊子「宗谷」
  • Q. どんなところが特徴なの?
  • A. 南極観測用に大改造された”宗谷”の最大の特徴は、氷を割って進む「砕氷船」ということです。船主は頑丈なオノのような形をしており、船体の側面には内部が短句になっているバルジと呼ばれるふくらみが設けられました。このバルジを含め、主な外板の厚みは普通の船の倍以上の、厚さ25ミリもありました。参考資料:冊子「宗谷」
  • Q. なぜヘリコプターや飛行機を積んでいったの?
  • A. 氷の海を砕氷しならが進むとき、少しでも良い進路を空から見つけるため、ヘリコプターと飛行機を積んで行きました。飛行機は、フロートとソリを使い分け、水上からも氷上からも飛び立つことができました。なお第3次観測以降は、輸送用に大型のシコルスキーS-58型ヘリコプター2機を搭載して行きました。参考資料:冊子「宗谷」
  • Q. どうしてオレンジ色をしてたの?
  • A. 正確には、アラートオレンジと呼びます。雪と氷で白一色の南極において、もっとも発見しやすい色として決められました。近年の南極観測船の多くはこのようなオレンジ色や赤色をしています。また、南極に建設された昭和基地の建物も同じ理由で、このアラートオレンジに塗装されています。参考資料:冊子「宗谷」
  • Q. 乗組員と観測隊員は何人乗っていたの?
  • A. 初めて南極に向かった第1次観測の時、乗組員数は松本船長以下77名、観測隊員数は永田隊長以下53名でした。その後、第2次観測では乗組員数80名、観測隊員数50名、第3次観測では乗組員数92名、観測隊員数37名などと変化しましたが、6回の観測を通じて乗組員と観測隊員の総数はほぼ130名でした。参考資料:冊子「宗谷」
  • Q. 何回南極に行ったの?
  • A. “宗谷”は6回南極に行きました。初めて南極に向かうため東京晴海ふ頭を出港したのが昭和31年(1956)11月8日、最後の第6次南極観測を終えて東京日の出桟橋に帰ってきたのが昭和37年(1962)4月17日でした。その航海した距離は実に26万7千キロメートル、地球6.7周分に相当しました。参考資料:冊子「宗谷」
  • Q. 外国の船に助けられたって本当?
  • A. 初めて南極観測に向かい奇跡的な大成功を収めた帰りに、氷の海に閉ざされてソビエト連邦(元:ロシア連邦)の砕氷船”オビ”に助けられました。続く、第2次観測でも、再び厳しい気象条件と氷に阻まれて、アメリカ海軍の砕氷艦”バートンアイランド”の助けを借りました。参考資料:冊子「宗谷」
  • Q. カラフト犬をつれていったって本当?
  • A. よく訓練されたカラフト犬は氷の割れ目や危険を察知し、優れた方向感覚を持っているということで南極に連れて行きました。越冬した翌年の第2次観測では氷の状態が極めて悪く、やむなく15頭の犬たちを南極に残してきましたが、第3次観測で「タロ」と「ジロ」の2頭が奇跡的に生き延びているのが発見され、大きな話題となりました。参考資料:冊子「宗谷」
  • Q. いまでも南極観測船はあるの?
  • A. もちろん、あります!”宗谷”の仕事を引き継いで、第2代目の南極観測船となったのが昭和40年(1965)に竣工した海上自衛隊の砕氷艦”ふじ”(5,000排水トン)。その後を受けて、現在では平成21年(2009)に竣工した第4代目の南極観測船となる砕氷艦”しらせII(12,500排水トン)”が活躍しています。参考資料:冊子「宗谷」